3年ブログ

3年間続けようと思い、現在7年目になりました。ネコ派ですが、最近ゴールデンレトリバーが可愛いくてしかたないです。

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転職して2度目の週末の日記

 

ようやく金曜日になった。サラリーマンにとって、一番充実しているのは仕事が終わった金曜日の夜でしょう。

いま、炭酸で割ったワインを飲みながらこれを書いてます。

 

転職した会社で働きだして10日ほど経ちました。今日で2度目の週末です。

洗濯機もまわし、あとはシャワーを浴びて寝るだけ。

 

朝から憂鬱でした。

でも、仕事してると憂鬱さと入れ替わりで熱意も湧くし集中もします。これは何なんでしょうか。以前の仕事でも同じような感じだったからちょっと怖い。

 

たぶん、仕事という集中して取り組むべきことをやっているうちは、渦のなかに巻き込まれて視野が狭くなる。没頭しているから、それなりの充実感と満足感がある。

けれど、そこから離れて一定時間が経つと、我に返ってしまうわけだ。すなわち、なんでこんな苦しい思いをしなきゃいけないんだ、いまの仕事と職場で良いんだろうか、というふうに自問自答が始まってしまう。

 

これについては、正直良いのか悪いのかわからない。

 

自問自答せず、「いいんだよこれで」と納得してしまうのは思考停止なんじゃないか、という疑いがある。

都合のいい労働者、都合のいい国民である気がして、それは経営者や国のお偉いさんの手のひらで踊らされている気分がしてしまう。

そうじゃなくて、やはり人はどこまでいっても1人なのだから(誰も自分の代わりにはなれない)、どんな人生を歩むのか、それに対する答えはいつだって自分で握っていなければならないと思う。

 

一方で、自分が完全に納得できる職場や仕事などありえないのだから、探せば探すだけ不満材料は出てくるに決まっている、とも思う。ならば、その自問自答はただ首を締めるだけなのではないか。憂鬱になりたくて憂鬱になっている、みたいな。

実際に、やりたくないなぁと思えば思うほど本当にやりたくなくなってくるし、あえて考えないようにすると、「案ずるより産むが易し」でひょいと乗り越えられたりもする。

 

考える。考えない。

どちらにも意味や価値があるように思えて、こうやってグルグル考えたり考えるのをやめたりして生きている。そういう人がほとんどなのかもしれない。

いずれにせよ、考えたり考えなかったりして僕は生きていて、今週も乗り越えました。

 

今日は雇用契約書を受け取りました。サインして本社へ返送するようにとありましたが、よく見たら賃金が間違ってました。減らされています。そんなことってあっていいんだろうか。これがただのヒューマンエラーならいいのですが……不安です。確認するまでゼッタイに著名しません。

 

今朝は変な夢を見ました。職場で、自分が怒っている夢です。誰かに怒鳴り散らしていました。夢の中で「あぁオレって怒るとこんなふうになるんだな」って驚いていました。

きっと、毎日なにかしらやらかしたり注意されたりしているからです。それは半分冗談で、実際は教えてくれているのですが。

でも、職場では当たり前のことでも新参者には当たり前ではないことも多いのです。どうしても最初のほうは小さいことで注意されます。印象として、まるで怒られているように感じるのです。それが夢に出て、やられた分をやり返していたのだと思います。

 

 

アジカンを聞きながら(今は『出町柳パラレルユニバース』が流れている)、お酒を飲みながら書いています。

だから文章がおかしかったり、内容もグチっぽくなっているかもしれません。

 

数年後、どうなっているのかいまの僕には想像がつきません。

どうなったのでしょう。期待にこたえられているんだろうか。給与は上がっているのだろうか。生きるのやっぱりやめたかな。

 

なんでもいいですが、いま書けることはいましか書けません。

あとになって、今日の出来事が過去の出来事になったとき、なにがどう変わってなにが変わっていないのか。けっして良い方面に向かうとは限りませんが、悪い方面に真っ逆さまとも限らない。

 

書き残しておいて、数年後読み返そうと思います。

ではまた。

 

 

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