3年ブログ

適応障害と診断された2016年8月スタート。3年間は書き続けようと決め、現在7年目になりました。

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今と自分自身に集中したい

ここ最近心の免疫が落ちていまして、すこしラクになってきたので心境をブログに書く。

結論は、今と自分自身に集中しないからそうなっちゃうんだよね、ってこと。

 

何も考えたくない、感じていたくない……という日がある。

音とか、目に入る情報、すべて遮断したい感じ。

深海の底に横たわっていたいような、そんな気分。

 

ただ一方で、わかっていることもある。

けっきょく、今に生きていない。

未来を思ってダメだと感じたり、過去を思って悔やんだり。

意識がどこかへ行ってしまうと、たちまちガラガラと崩れていく。

 

時間なら、今から過去へ行ったり未来に行ったり。健全な意識ならいいのだけれど、病的に取り込まれてしまうと戻ってくるのに苦労する。

人もそう。自分ではなく他人に意識が行っていると、自分のことを疎かになってしまって問題が生じたりする。

 

もちろん偏るのもよくない。今が良ければそれで良いと考えたり、自分のことしか考えないのもどうかと思う。けれど、そっちに偏っている人は僕の周りにはあまりいないし、このブログの読者にも滅多に見かけない。

しかもそっち側の人は、そもそも本人は困っていない。困るのは周囲の人だったり環境だったりする。それもそれで厄介なのだけれど。

 

自分自身が困ってしまうのは、自身の意識が今ここになくどこかへ行ってしまっているパターン。

以前どこかに書いたけど、トレーニングジムに行ったときに気がついたことがあった。

身体が細めな自分がジムになんか行ったら、トレーニングしている人にジロジロ見られるんじゃないかと不安だったのだが、行ってみたらそんなことなかった。誰も僕のことなんか見てなくて、みんな自分のことしか見てなかった。鏡を前にしてポーズしていたり、目を閉じて歯を食いしばっていたりしていた。

 

他の客のそういう姿を見て、はたと気がついた。自分自身に集中している人は他人のことなんかジロジロ見ないんだって。

そこから発展して、他人や環境に文句を言う人や、未来や過去を思ってこれまた文句を言っている人というのは、みんな自分自身に集中できていないんだと考えるようになった。それからこのエピソードは自戒の意味をもつようになっていった。

 

今に集中していたり、己自身に集中している人はブレない。

なすべきことをやり、言うべきことは言う。

 

生きていても仕方がないと思うのは、そのワケを探しに行っている。

生きていて良かったと思うのは、そのときそう感じること。

 

探しに行ったとき、たいてい目につくのは不幸だったり後悔だったりする。

だいたい、探しに行っているときにレッテルを貼るんだ。「これは〇〇だったから不幸だ」みたいに、出来事に意味づけをする。

同じように幸せとかもできればいいのに、人間の頭はそっちには向かないらしい。やろうとしても、うまくいかない。

 

幸せとか、充実感、達成感。そういうのは今感じたときに一番輝きがある。

だから、今に集中して、誰かではなく自分自身に集中しなきゃそういうことにも気が付けないんだよな、って思った。

 

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