3年ブログ

適応障害と診断された2016年8月スタート。3年間は書き続けようと決め、現在7年目になりました。

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自分で自分に毒を盛るな

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やりたいことを、やろうと思った。

やりたいことを封じ込めて、やらなきゃいけないことに専念しようと思っていたけど。

けっきょく、やりたいことも満足にできず、やらなきゃいけないことにも手が伸びない。中途半端な状態になっていた。

 

昨年やっていた仕事を辞めた。いまは収入がない。

 

就職先を探さなきゃ。

資格取得の勉強もしなきゃ。

学校の課題も提出しなきゃ。

 

なぜ「どちらかにしないといけない」と思うんだろう。

どっちもやっていけない理由なんてないはずなのに、いつの間にか自分で自分を制限しようとしている。そういうクセが、ずっとある。そういうクセに、ずっと苦しまされて生きてきたというのに、気づいていながらまだ抜け出せていない。

 

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先日、水着に帽子、ゴーグルを買った。

昨年から水泳をやってみたいと思っていた。本当は長野から東京に帰ってきた12月から始めたかったのだけれど、いつものクセで制限してしまっていた。

 

就職先によっては引っ越す可能性が大いにあるし、いつ就職するかもわからない。すぐ動けるようにしていたかった。プールにどれだけ通えるかわからないと思い、二の足を踏んでいた。

 

でも、もういいや。

やりたいならやったらいいじゃん。

制限しすぎて疲れた。

 

たしかにプールの会費が一部ムダになるかもしれない。筋肉痛になって翌朝動けなくなるかもしれない。実際に泳いだあとの疲労感は最高だ。

けれどもそれ以前に、やりたいのにできない、そうさせているのが他ならぬこの自分だということのほうが、いっそう自分に毒を盛っている気がしてならない

他人の言葉や行動には壁をつくれるが、自身のそれには防御のしようがないのだ。内側から攻められたらどんな軍隊でも破滅する。

 

いいじゃん、やったら。

金持ちじゃないんだ。どうせ夏頃には就職している。資格試験もちょうど夏にあるのだから、勉強もせざるをえない。

 

自分を大切にする。言うのは簡単だが、実践するのは思った以上に難しい。

書いていて何をいっているのかと不思議に思う。自分を大切にするなんて、当たり前のことなのに。

 

ふと消えてしまいたくなるときがあるが、これは自分で盛った毒に侵され始めた合図なのかもしれない。

生きていながらにして死へ向かうことを自らの手で行い、それは嫌だとして退ける。それを繰り返す。おかしな話だ。こんな不毛なことをいつまでやったら気が済むというのか。もうそろそろ目を覚ましたい。

生きているんだから、前向きに生きていたい。死にたいというのも、本当はより良く生きたいという心の叫びなのだ。

 

自分で盛った毒、まだあるだろうな。

見つけ次第、取り除いていかなきゃな。

 

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