3年ブログ

適応障害と診断された2016年8月スタート。3年間は書き続けようと決め、現在7年目になりました。

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好きとか愛する、という気持ちについて

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恋愛ってなんだろう。

 

寝る前に、自然と思い出していた。

さっきまで時計の針は1時を指していたのに、いまはもう2時を過ぎてる。隣の部屋からも音は聞こえてこない。みんな寝静まっている。聞こえるのは時計のチクタク鳴る音と、冷蔵庫の機械音だけ。

照明も消して、机に置いた小さなLEDランプだけが灯っている。そんな中、僕は1時間以上も想像していた。

 

恋をしている。

 

その人とは、思うようには会えない。

ラインでメッセージを送ることもできない。

 

昨年、告白をしたけれど、フラれてしまった。

そのときはあまり悲しくなかった。伝えられたことによる達成感というか、背負っていた重荷をおろした感覚があった。返事はごめんなさいだったけど、受け止めてくれたことはわかったから、それだけでも嬉しかった。

あれからそろそろ3ヶ月経つけれど、今もまだ嬉しく思っている。フラれたというのに。不思議な気分。

 

一緒にいるときは、ぎこちなかった。好きなのかどうかさえ自分でもわからない心模様だった。ハッキリ自覚できたのは、昨年仕事をしていた長野県から離れて、関東に引っ越してきてからだった。

 

想像してしまう。

デートをするとしたら、どんなコースだろう。一緒にご飯を食べたらどんなだろう。一緒にお茶するなら、どんな話をするのだろう。

お風呂から上がって、ほてった身体を冷ましながらイスに座っていて、気がついたらそんなことを考えていた。いつのまにか1時間も過ぎていたことに、ついさっき知った。

 

恋愛ってなんだろう。

これには正解はないんだと思う。

今度お付き合いする女性が、または結婚する女性がその人でなければならない理由はない。人は変わっていくものだ。僕の場合、少なくともフラれたという事実がある。別の女性を考えたってなにもおかしくはない。

 

多くの人にとってみれば、こんなことは大した話ではなく、気軽に考えているのかもしれない。フッた側も、フラれた側も。

僕にはあまり恋愛経験がない。そのせいで大げさになって、感傷的になっているだけなのだろうか。

 

これを過去記事として数年たったあと自分が読んでみたら、どう思うんだろう。恥ずかしくて消してしまう? それとも、今と変わらない状態なのか。あるいは誰かと結ばれており、こんなことを書いたこと自体を忘れ、読んでみたら面白おかしく笑ってしまう?。

いずれにせよ、今の僕はこの文章を、正面から精一杯の気持ちで書いている。

 

もう2時30分になってしまった。あくびが出た。そろそろ寝ようと思う。

 

僕は本当にあの人のことが好きだ。だから、できればあの人の笑顔をとなりで見ていたいし、笑い声をとなりで聴いていたい。けれどもそれらは、2番めに望んでいることだ。

1番望んでいるのは、あの人が笑顔であれて、笑い声を周囲に撒き散らしている状態だ。たったそれだけを僕は望んでいる。隣にいれないならそれはとても残念ではあるが、僕じゃない別の人のほうが適しているなら、その人がとなりにいてくれたらいいと思う。

 

恋愛ってなんだろう。

いろんな答えがあるだろうけど、今の僕には、相手を思う究極のあり方なのかもしれない、と思った。

 

良い人と出会えることを祈っています。

 

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