3年ブログ

適応障害と診断された2016年8月スタート。3年間は書き続けようと決め、現在7年目になりました。

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真夜中に届いた過去からの手紙

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PCからは、パッヘルベルのカノンが流れている。

寝る前の時間。部屋を暗くし、照明はデスクライトのみにしている。

部屋が散らかっている。お風呂に入るまえに、引っ越してからそのままにしていたダンボール箱を開けたのだ。「お風呂がわきました」の音声が聞こえ、散らかった状態のままにしてお風呂にいった。戻ってきて、さて寝る前に片付けようとして、おもむろにお菓子かなにかが入っていたであろう箱を開けた。中から乱雑に書かれたメモ書きが出てきて思わず息が止まってしまい、急いでこれを書いている。

 

いきなりだが、メモ書きの内容をそのままここに転写しようと思う。

写真のあとに、文字起こしを書いた。

 

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自ら選んでいく人生。それは何も特別な印象を抱かせる生き方でなくてもよい。究極、自分が満足すればいいのだ。

今の自分にとっては、その「自分が満足すること、状態」を探すことがとても大変なのだが。

今年で27歳になった。3年後、私はついに30歳になる。これまで以上に、人生に縛りが設けられていき、自由な身動きができにくくなる。今やらずしていつやるのか。僕はもう戻れない。

 

自分を変えたい。そう願ったとき、まず思い浮かべるのは「どんな自分になりたいのか」だ。これまでの自分はそれが明確でなかった。妥協の生んだ暗い風が吹いていて、自分のなりたい人生像なんてイメージすることもできなかったのかもしれない。

今ここで、これからの自分をイメージしたい。それだけではなく、悪い妥協(日々の生活に入り込んだ不必要な妥協)によって選んだモノ、その結果からは潔く手放し、遠ざけなければならない。

 

一方で、自分からやってみようと思って始めて、要は「前向きな気持ち」で取り組んだことは続いている。写真がそう。ブログもそうだ。自ら選ぶ気持ち。

人生には、もちろん受け入れるしかない事実がある。だが、日々の生活にもそれが多く入り込んでいたとしたら……。

受け入れることで進んだ結果が強いほど、いつしか「妥協することは仕方のないことで、自分にとっては許される選択なんだ」と思うようになってしまったのかもしれない。

 

これら3枚のメモを書いたのは、すくなくとも誕生日を過ぎたころだ。「27歳になった」とあるから、2019年の7月以降ということになる。

 

ところどころ何を言いたいのかわからない部分もあったが、吐き出されたようにして書かれたことは自分でもわかる。

こんな悲痛な叫びはあるか?

きっとこのときの夜中で、気持ちの整理ができなくて、つらくてつらくて仕方なかったのだと思う。当時は彼女と同棲していた。でも言い出せなかっただろう。こんなことを言われたって、誰も何もこたえられはしない。1人で、飲み込むしかないことだってある。

 

なかなかの一撃をくらった。この手紙に、今の僕はなんとこたえたらいいのかわからない。

これはもう叫びだ。叫んでいる。なんとか言葉になってはいるものの、これを書いていたときの僕の頭の中は大噴火状態だったろう。

 

今年、その3年後にあたる30歳になる。

メモにあるように、自ら選んでいく人生であることが、人生のもっとも輝く頂点だと思う。自分が満足する行いや環境、満足している状態を探り当てること。これは急務だろう。僕はまだ消えてしまいたいと思う日があるし、それも年に1度や2度ではない。

 

でも、あれから一歩も進展がないわけではない。

 

どんな自分になりたいのか。少しずつ、本当に少しだけだけど。僕は前進していると思う。

今日は、水泳教室の見学に行ったんだ。まえからプールで泳ぎたいと思っていた。泳ぎは得意ではないが、とにかくやりたいと思っていた。バタフライで豪快に泳ぐのが目標だ。

 

仕事もけっきょく建築業界からは離れることになった。それでよかったんだ。興味のない仕事を続けるのは、僕にとっては本当にイヤなことだったんだと気がついた。

今は、人と1;1で向き合うキャリアコンサルタントを目指している。高給取りでもなければ、そもそもどんなところで働けるのか、自分を必要としてくれる場所や人がいるのかさえわからない。とても不安だ。でも、人の人生にしっかり向き合う仕事がしたいと思った。

仕事というよりも、生涯をかけた行いであり、かつ ”あり方” だ。僕の生きていくための一本の柱、生きていく理由だ。僕を社会や世の中に結びつけておくためのロープであり、大きな橋を支えているような剛鉄が束ねられた糸だ。

 

それでもまだ僕は、消えてしまいたい日もある。まだ不安定な状態だ。でもここを抜けたら未来がある。今日は昨日の未来だったのだから。2歩進んで1歩戻ったって、1歩分は進んでいるんだ。大丈夫さ。ときたま3歩戻ることもあるだろうが、これまでの一歩の積み重ねが、僕を0にすることを許さないだろう。

 

このメモ用紙3枚、すなわち過去からの手紙は、再びもとあったお菓子の箱へ戻そうと思う。壁に貼ろうかとも思ったが、買うものリストと同じ扱いをしてはいけなさそうだ。ぞんざいに扱ってはならない。

箱に戻して、少なくとも朝起きたときにゲンナリしないくらいには片付けをして寝ようと思う。

 

今日は、とても良い日なった。グッスリ寝よう。

おやすみ。

 

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