3年ブログ

適応障害と診断された2016年8月スタート。3年間は書き続けようと決め、現在6年目になりました。

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今年最後の献血と、そもそもどうして献血をしているのかについて

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献血に行ってきました。

 

はじめて献血をしたのは昨年2020年のこと。仕事をやめた僕は、そもそも自分には何ができるのかを考えていたんですね。

そしてあるとき、たぶんポスターか何かを見たときに思ったのでしょう。「献血ならできる」って。

 

 

なぜ献血を始めたか

ペットボトルの話

少し長いのですが、お付き合いください。

仕事という、ほとんど人が自らの時間の大半を捧げている行いを1年間やめたことで、僕は本当にじっと静かにしていることができました。

今年から長野県の穂高養生園というところで住み込みで働いているとき、一緒に働いている人にそんな話をしたところ、「すごくわかりやすい」と言ってくれたことがあります。

以下、僕が話したことです。

 

みんないつも動いてるでしょ。平日は働いて、休日はストレス発散して。なかにはじっとしていることが苦手な人もいる。とにかく何かしていないと落ち着かない、みたいに。

僕はね、そこまでじっとすることは苦手ではないけれど、でもその1年間で何回かこう思ったよ。働いている方が楽だなぁって。だってやることがあって、とりあえず動き回っていれば安心するじゃない。考える時間がなくなるし、これでいいんだって納得しやすいし。

でも、それじゃダメなタイミングだったんだと思う。

 

ここに、1本のペットボトルがあるとする。中に泥が溜まっていて、それをずっと振り続けてるから、いつまでたっても泥だらけなの。

でもそのペットボトルを、しばらく動かさずに置きっぱなしにするとどうなるか。泥ときれいな水とが分離するでしょ。僕はこれを狙ってた。

自分のなかで、何が泥で、何が水なのかを知りたかった。それは、自分にとって不要なものと必要なものを仕分けるってこと。

だから2020年は、じっくり時間をかけて、心のなかの泥を一気に捨てるために静止することに決めました。

 

仕事しちゃうとどうしても生活や思考の中心が仕事になるから、本当に向き合うべき事柄に向き合えなかったりする。そんな状態がずっと続いてたから、一旦ストップしたんです。

そしたらいろいろと「分離」することができたんですよ。

 

僕がこう話すのを聞いてくれていたスタッフも、実はなかなか大変な2020年を送っていたらしくて、相通じるところがあったみたい。すごく共感してくれた。

 

そうやって僕は1年間、じっと動かずに耐え抜きました。つらかったですよ。何もしないというのは、安易に何かしてしまうよりよっぽどつらい。だけど、ときにはじっと静止しないと見えてこないものが確かにある。

そうして見えてきたものはとても澄んでいて、清らかで、本当に大切なものだった。いくつかあったけど、その中の一つが「自分から与えること」でした。

それに気がつけてから、あいさつができるようになったり、小銭だけど募金をするようになったりして。献血もその一つだったっていうのが、それを始めた理由です。

 

立派な社会貢献として

献血について、心理学の授業で印象的だった話があります。

講師の母親がガンで入院していたときの話。

 

胃に穴をあけて食べ物を流し込んでも、点滴をしてもダメだったの。身体がほとんど吸収しないみたいでね。

そこで輸血をしたのよ。そしたらとたんに元気になって。みるみるうちに顔が明るくなっていく様子を、私はベッドの横で見ていました。あのとき母に血を分けてくれた人には本当に感謝してるし、献血はとても立派な社会貢献だと思っています。

 

献血は人の善意によるものです。対価もないし、得もしない。

けれど、確実に誰かの役に立っているのでしょう。僕は輸血された経験はありませんが、そうやって輸血によって救われた人の話には、心動かされる思いがあります。

 

できる人だけがやればいいと思います。無理して行うものでもないでしょう。

ただ、社会貢献がしたい、暖かな理由のために、まだ見ぬ誰かへ自分を扱いたいという気持ちがあるのなら、献血はその一つとして良い選択だと思います。

 

さいごに

献血は今回が4回目になります。

人としてどうありたいか。一人ひとりがそれについて深く考えていいと思うし、他人と社会生活をともに営んでいる以上、考えてしかるべきテーマなのかもしれません。

もし「私はこういうことしてるよ」というのがあれば、ぜひコメント欄に書いてください。「そういうのないなぁ」という人は、これを機に考えてくれたら僕も嬉しいです。

 

読んでいただきありがとうございました。

ではまた。