3年ブログ

適応障害と診断された2016年8月スタート。3年間は書き続けようと決め、現在6年目になりました。

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【本】人が支え合う社会へ

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「自殺社会」から「生き心地の良い社会」へ


東京に住んでいたころの話。朝の通勤電車は、よくダイヤが乱れていた。みんなその理由はなんとなくわかっている。人身事故だ。都内では、特に月曜日にそうなることが多い。

 

 

適応障害で退職した

日本の1年間での自殺者数を知っているだろうか。厚労省のサイトで確認すると、現在は年間2万人を超えているらしい。10年前までは年間3万人以上の人が自殺していることもわかった。

僕はこの場で「自殺はいけない」なんて話す気はまったくない。むしろ僕は、何度も自殺願望を抱いて生きてきた。

大学を卒業して就職し、入社1年半で適応障害になった。そして2020年1月。入社して約5年たったあの日、すでに限界の寸前だった。

仕事が終わり、駅のホームで電車を待っている。電車が来たが、乗らなかった。ドアが閉じて行ってしまうのを、ベンチに座って眺めていた。心が疲れすぎていて動けなかったのだ。飛び込んでラクになりたかった。

 

その日の翌日。乗っていた通勤電車を途中で降りて、会社に電話した。心療内科へ向かい、2度目の適応障害の診断を受けた。退職が頭に思い浮かんだ。

 

本の紹介

ラクになりたい。そんな思いがもともとあったから、本のタイトルを見てすぐ手にとった。対談本で、とても読みやすかった。

 

 

死にたいと思いながら生きている人が、いったいどれほどいるというのだろう。

一時的に苦しい時期は誰にだってあると思う。けれど、自殺をイメージし、実際に行動に移してしまう人が少なくとも1年間で2万人いるのだ。1日にして約55人。さらに、自殺だと判明されていない人たちを含めたら……もう本当にわからない。

 

本書は、自殺支援を行うNPO法人代表の清水康之さんと、文化人類学者の上田紀行さんによる対談本だ。

清水さんはNHKに入局したのち、自殺問題をテーマにした番組を複数担当した。それがきっかけとなり、NPO法人を立ち上げた。上田さんは文化人類学者だ。スリランカで悪魔祓いの現地調査をしているときに「癒やし」という概念に気づいた。日本で「癒やし」という言葉を最初に提唱したいのが、この上田さんらしい。

 

自殺の背景にあるものとして、社会のさまざまな問題が取り上げられていた。そのなかでも、上田さんの悪魔祓いの調査は興味深かった。

人とのつながりの重要さを感じることができた。

 

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つながりが大切だ

 

孤独な人に悪魔はやってくる

悪魔祓いといっても、ただのオカルトで無意味なものではない。上田さんによると、病院でも治らない病が村ぐるみの儀式であっという間に治ってしまうという。

・ずっと元気が出ない。
・ノイローゼになってしまった。
・子供が不登校になってしまった。

こういった「これといった治療法がない病」すなわち神経症の類のことを、現地の人たちは「悪魔が取り付いた」と表現する。それは本人による告白もあるし、「悪魔が取り付いているから祓ってあげたほうがいいよ」という他人からの助言もあるらしい。

 

実際の悪魔祓いはこうだ。

村人たちが子供も含めて全員集まり、その者を囲んで徹夜でお祓いをする。厳粛なものではなく、歌あり踊りありのワイワイガヤガヤする雰囲気なんだとか。最後は患者も村人もみんなで笑い合う。そして悪魔祓いは終了する。

 

子供たちは小さい頃からこれを見て育つから、いざとなったらみんなが助けてくれることを肌で知る。自分を受け入れてくれる人たちがいて、温かな眼差しをくれる人たちがいるとわかるわけだ。そんな実感があるのとないのとでは、生きやすさが大きく変わってくるのは言うまでもない。

 

村の人たちはこういう。「孤独な人に悪魔はやってくる」。

現代社会、特に都会は人間関係が希薄だ。僕はうつ病の手前の適応障害で止まったけれど、それでも孤独感は強く感じられた。

悪魔がやってきても、誰も助けてくれないこともある。誰に助けを求めたらいいのかわからない人も多い。

 

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自殺対策強化月間ポスター

 

さいごに

人とのつながりは、心の問題への大きな手助けとなる。それは表面上にとどまるレベルじゃなくて、弱さを見せることができ、助けを求めることができるつながりだ。

自分を受け入れてくれる人たち、温かな眼差しをくれる人たち。そうした輪の中ならば、弱さだって互いに見せあえるだろう。

 

人のつながりを持っている人は、とても強い。それはタフというよりかは「しなやかである」という印象だ。誰だってブレることはある。バキッと折れないことが肝心なのだ。

現代人には、そんな柔軟さを与えてもらう環境が必要だと思う。それは、みなが与えられ、みなが与えることで成り立つ。自分も誰かに支えられる必要があるし、自分も誰かを支えることができる、ということだ。

そう思うと、自分自身の息苦しさも不思議と安らぐ気がしてくる。

 

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温かな居場所は何物にも代えがたい

 

僕はこれまで生きたいと死にたいを頻繁に行き来しながらここまでやってきた。今後もおそらく変わらないという気がする。影があるから光が見えるのだ。死を意識しながら生きていないと、「人とのつながりが大事なんだな」といった気づきは生まれにくい。

それを自分で認めたうえで、人のつながりに気が付きながら生きていきたいと思っている。

そして、自分も誰かにとってのつながりの存在でいれるよう、生きていきたいと願っている。

 

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