3年ブログ

2016年8月に始まり、残り1年を切りました。振り返ったとき、このブログが転機になったと言えるように。そう願っています。

2018年の抱負

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1年の計は元旦にあり。

今日1月1日が終わるまえに、今年の抱負を書いておこうと思いました。

2018年 今年の抱負

以前、この記事を書きました。

www.masato07.com

「今の自分に必要なのは『没頭・瞑想・運動』だ。なぜなら、内の自分としっかり向き合うことにつながるからだ」。そんな内容でした。

サザンカの写真

サザンカ。毎年10〜2月に開花します。

さて、今年の抱負ですが、上の記事で出てきた課題がそのまま抱負になりそうです。

内の自分としっかり向き合うこと。これを、2018年のわたしの抱負にします。

とても漠然とした抱負ですが、どう実現するかはわかっています。先の3つ『没頭・瞑想・運動』です。また、向き合おうとする理由、その目的は、仮の自分からの脱却です。

「自分にウソをついている」。そんなふうに感じられてしまい、どうしたらいいのかわからなくなったのがついこの前の、昨年の12月でした。

少し脱線しますが、問題を解決するには2通りあると考えています。

1つは、それを問題だと思わないこと。その事柄を問題として設定しないことです。もう1つは、素直に解決すること。問題を切り分けでいき、分解された小さな問題を叩いていく方法です。こっちのほうが一般的ですね。

花壇のお花

お花を撮るのが好きです

「自分にウソをついている」という感情は何なのか。

おそらく、今の自分は本来あるべき姿(ありたいと思っている姿)ではなくて、でもどうありたいのかがわからず、ただ違和感だけを感じている。そんな感情なんだと思います。ハタからみると「何をそんなに、難しく考えているのさ?」と思われるに違いありません。自分でもそう感じることだってあるし、きっと自分はバカなんだとすら思います。それでも無視できないので、余計苦しいままなんです。

自分のありたいと思っている姿が、そもそも自身の中に存在しているのか。あるいは、存在していないなら「ない」と納得するしかありません。

自分の考えていること、望んでいることを深掘りしていった結果、

  • ある→その姿になれるのか、また、どの程度望んでいるのか
  • ない→探しても見つからなかったことを、潔く受け入れる

この2通りです。

元旦に走るおじいちゃん

元旦から走っていました。

「自分探しの旅」なんてよく聞きますが、わたしは嫌いではありません。

あれはまぎれもなく、何かを求める者にしかできない行動です。そもそもそれが実行できない臆病者のわたしには、彼らを否定する権利はありません。彼らもまた、自身が納得すればそれでいいと思っているのでしょうから、特に問題ないと思っています。

会社をやめて旅に出るような度胸なんぞ1ミリも持ち合わせていませんから、いつもの日常をこのまま維持するとともに、わたしは自身の内をもっと見ていこうと思います。結果として求めるゴールは、「自分にウソをついている」と思わなくなることです。これが何らかのカタチで達成できればOKです。何も言うことはありません。

小さな正月飾り

ちっちゃい!!(笑)

スピリチュアルな話になってきましたけれど、先ほどの3つ『没頭・瞑想・運動』を念頭に、今年の元旦を終わりたいと思います。みなさんの1年が、より良い時でありますように。

ではでは。

今週のお題「2018年の抱負」