3年後の私をつくろう

2年目に突入。振り返ったとき、このブログが転機になったと言えるように。そう願っています。

体調が悪くなってきたのは、ずっと続く板挟み状態が理由だと思います。

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今の自分について、主に仕事の面から整理してみました。本当はもっと長文だったのですが、途中で切って公開します。

お金のためでいいはず

仕事には、1日の大半を費やす。1週間でも1年でも、それはほとんど変わらない。

今の仕事はストレス要素があまりないと思う。むしろいい方だとさえ思う。それでもなお、苦しい。

仕事とはそういうものだと割り切ろうとするし、お金のための仕事だと何度も言い聞かせる。けれど、心が何度も抵抗する。

他人と自分の板挟み

「他の人はどうなのか」は、最近気にしないようにしている。結局のところ、自分がどう感じるかがすべてだからだ。しかしそう理解しているつもりでも、未だに人の意見だったり、世間における評価が気になってしまう。

自分自身の中でも、分かれている。外の世界とのバランスを保とうとする自分と、本心の自分だ。

シンプルに言うと、迷っているのだ。

AとBの2つの選択肢があるとする。Aは安全で今すでに選んでいる選択肢。Bは危険で、そっちを取ると批判的な目で見られたりもするし、自分自身も食っていけないかもしれないと不安になる。

外の世界とのバランスを重視する自分は、Aを強く握っていて、このままでいろと主張する。一方、本心の自分はBを選びたがっていて、こっちにこそ生きていく力に満ちており、もっとも生を実感できる生き方なのだと、そう言い張る。

自分の中で、ずっとこの2人が睨み合っている。お互い譲らなくて、その間にわたしが立っている。

年内までは

このABの迷いについて、岡本太郎は『自分の中に毒を持て』の中で、次のように言っている。

あれかこれかという場合に、なぜ迷うのか。こうやったら食えないかもしれない、もう一方の道は誰もが選ぶ、ちゃんと食えることが保証された安全な道だ。それなら迷うことはないはずだ。もし食うことだけを考えるなら。

そうじゃないから迷うんだ。危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。ほんとはそっちに進みたいんだ。

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか (青春文庫)

 

今のわたしは、他人と自分の板挟みになっている。正確には、「今のままを保ちたい自分と、行きたい方へ進みたがる自分」だ。自分の中で対立した状態が長く続くから、とても苦しいし、どっち付かずの状態がさらに自分を疲れさせる。

潰されそうで、破裂しそうだ。とりあえず年内までは、なんかと耐え抜きたい。 

年末年始は実家に帰省する。そこで親と話し合えたらと思う。