3年後の私をつくろう

2年目に突入。振り返ったとき、このブログが転機になったと言えるように。そう願っています。

モノクロ写真を考える。

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写真を撮るときはいつもカラーです。モノクロで撮ろうとは、あまり思いません。 

上の写真は、京都へ旅行したときに撮りました。気分でモノクロ撮影したのですが、改めて見てみると、やっぱり難しいな~って。

今回は、こうしたモノクロ写真の魅力と、その撮影の難しさを語ります。

 

モノクロの魅力

昔の懐かしさ

モノクロの魅力とは、何なのでしょう。

ひとつ言えるのは、「懐かしさ」が考えられます。モノクロの写真を見ると、なぜか懐かしくなりますよね。

それはきっと、昔の写真にモノクロが多いからだと思います。またはカラーであっても、色がくすんでいたりして。いずれも、色がない、または少ないという点で共通しています。

昔の写真と聞くと、私のイメージされるのはどれもみな、プリント写真です。今とは違って、昔はフィルムの写真ですね。現像してみないと、どんな写真が撮れているのかわかりません。それを現像し、プリントして、アルバムに入れたり、家に飾ったりします。

そうした写真は、時間が経つにつれて色がくすんでいきます。その印象が強いのか、「色が薄い=昔=懐かしい」となるのかもしれません。

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(公園の階段を見上げての1枚。時が止まった印象です)

現代の写真はというと、デジタルが主流になっています。だから将来は、ひょっとしたらこの懐かしさは感じにくくなっているかもしれませんね。

生まれたときからデジタルに囲まれていて、スマホなら気軽に、しかもキレイな写真が撮れちゃう時代です。

今現在赤ん坊の子が大きくなり、大人になって、その子が生んだ赤ん坊が大人になる頃には、モノクロ写真の感じ方に違いが出てくるのでしょうか。だって、データでの保存がメインになってくるでしょうから。データなら色あせることなく、そのまま残せますものね。

今の昔と、将来の昔には差があるはずです。そうなったとき、モノクロの写真は別の見方をされるのかな...。それともそんなことはなくて、写真の持つ魅力は不変なのかな...。

 

真の美しさ

懐かしさに加えてもう1つ考えましょう。モノクロの魅力とは何なのか。

それは、写真の中の、色という大きな情報源を失っているわけです。それゆえ、色を支えていた「構図」がより際立ってきますね。

  • 比率の美しさの代名詞でもある黄金比
  • 吸い込まれるような遠近法
  • 太陽のさす光の位置
  • とろけるようなボケみ


色がなくなったおかげで、こうした美しさがより強く表現されるのかもしれません。

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(モノクロにすると、水滴につやが際立ちました)

モノクロで撮るのが難しい理由は、こうした「真の美」によるものだと思います。

それ自体をはっきり感じることが難しく、「なんかキレイだな、しかし何がどう美しいとは、なかなかうまく言い表せない」と感じているときの、「言い表せないそれ」を、自分の手で作り出さなければいけませんから。

そう思うと、難しいのは当然ですね。上の写真も、そうした意味ではまだまだです。

 

~あとがき~

写真3枚はどれも、京都で撮影しました。

京都といえば歴史を感じさせるお寺などをイメージするかと思います。けれど、今回は観光ではなくて、おじいちゃんおばあちゃんの家に行ってきたのでした。ほぼ毎年行っている京都ですが、まだ家族で一度も京都を観光したことがないという...(笑)

まぁ、京都の夏は暑いですからね^^;行くなら冬がいいです。雪をかぶった金閣寺とか、かっこよさそうでです。

そんなわけで今回は、モノクロ写真の魅力について考えてみた、というお話でした。

ではではまた。