3年後の私をつくろう

振り返ったとき、このブログが転機になったと言えるように。そう願っています。

2つのピントが合う瞬間を。

新しいカメラが欲しくなってから、ずっと考えていることがあって。

「絶対にその機種じゃなきゃいけないの?」「そもそもどんな写真が撮りたいんだ?」

頭を整理していたら、写真撮影が好きな理由が出てきたので、ここに書こうと思います。

 

オリジナリティを出していきたい


写真を撮ることについて、その魅力はたくさんあります。

  • 美しい野鳥を撮りたい
  • おいしそうなグルメを撮りたい
  • スポーツを頑張る子供を撮りたい
  • ...

「思い出を残しておきたい」という人もいれば、「近くで見れないものを間近で見たい」という人もいますね。みんな個人個人、好き勝手に楽しんでいます。

ぼくもまた、他の人のそれとは関係なく、好き勝手に楽しんでいます。

 

内から外に向かって、突き抜けたい

「今見ているモノや景色を、今度はどうやって見てやろうか...」

ぼくはカメラを握ったとき、ほとんどこのことだけを考えています。「普通に生活しているだけでは、絶対に気がつかない見え方があるはずだ!」って。

上下、角度、色味、大きさ。何かひとつでも工夫しようとしたとき、写真を撮る面白さは数万倍に膨らむと思います。

f:id:nukoblog:20170802225640j:plain

(『ちょろちょろ流れる森の水』撮影:高尾山六号路にて/OM-D EM-10 14-44mm EZレンズ)


写真を撮るときは、よくある感じの、「うん...綺麗ですね」と言いたくなる写真は正直、あまり求めていません。反対に、「何を感じて撮ったの?」とか「面白い撮り方だね」と言われるような絵を探します。唯一無二の自分、オリジナリティのある自分を、もっと全面に出していきたいんです。

 

尖りたいとか、目立ちたいといった気持ちとはまた少し違うかな。それは外から見た話です。ぼくはもっと、内から外に向かって、突き抜けていきたいイメージ。

写真撮るという行いは、そのイメージを実現させてくれるんです。

どんな工夫ができるのか

f:id:nukoblog:20170802230047j:plain

(『モノクロの冷水』撮影:近所のカフェ/GR digital Ⅳ


カメラの中からレンズが出る。すると、ぼくの中からも“内の自分”が同時に出ていく感覚があります。写真を撮ろうとすると、恥ずかしがり屋な彼も、それならばと言って出てきてくれる。まるで、私の出番だと言わんばかりに。

 

ありきたりで、なんの工夫もないのは嫌。どんな工夫ができるかを、真剣に考えます。それがまさしく独自性であり、“内の自分”の姿そのものです。

f:id:nukoblog:20170802230310j:plain

(『夜の伸びる影』撮影:雨の降ったある日の夜/GR digital Ⅳ

 

うまくなくてもいい。どんな工夫ができるのか。自分の頭で考えて、たったひとつでも、目の前の景色に変化を加えてやる。それがとても楽しくて、すがすがしいんです。

 

2つのピントが合ったとき

カメラがピントを合わせるのは、きっと外に広がる景色だけじゃありません。ときおり“内の自分”にもピントが合うときがあります。シャッターチャンスとは、外と内、両方のピントが合った一瞬のことなのかもしれません。

ここでシャッターボタンを押すと、これだ、という写真が撮れます。

f:id:nukoblog:20170802225811j:plain

(『トンネルの内から、明るい外へ』撮影:高尾山口駅/OM-D EM-1014-44mm EZレンズ)


目を開けているとき、“内の自分”もたいてい、シャッターチャンスを探しています。

カメラを挟んで、外の世界と“内の自分”が一直線上に並んだとき。両者のピントが合ったまさにその瞬間、恥ずかしがり屋な“内の自分”は、とっても自慢げな顔をします。「これだよ、これ!」と、あふれんばかりの表情です。

 

そのときの快感は、一度味わうとやめられません。

カメラライフ、控えめに言って、最高です。